管理者紹介


 名前は、加藤有利夫(かとうゆりお)。1955年5月8日生まれ。山口県長門市仙崎在住。

 16歳(高校1年生)のとき、ラジオから聞こえてきたミレイユ・マチューの歌声に魅せられ、以来彼女の歌を聴きつづけています。

 その頃よく聞いていたラジオ番組が、NHK第1放送で毎週日曜日の午後3時から放送されていた「午後のシャンソン」。芦原英了氏の解説で放送されていたこの番組で、彼女の曲がかかるのを毎週楽しみに聴いていました。

 その頃、ミレイユ・マチューの歌を聴くのは、ラジオとエアチェックしたカセットテープのみ。当時はよくラジオでも彼女の歌を聴くことができました。

 高校3年生のとき、NHK山口放送局の夕方6時から50分間の番組(タイトルと曜日は忘れました)で、僕のリクエストでミレイユ・マチューの歌ばかりを50分間放送してくれました。この時、カセットテープに録音したのですが、引越しの時に紛失。その放送された曲の中には、僕が持っているレコード、CDに入っていない歌であり、その時初めて聴いた歌で、それ以外では聴いたことがない歌があったんです。2002年に、ようやくその歌に再会し、LPレコード(テイチクレコード以前のキングレコードから発売されていたもの。)をYahooオークションで入手しました。

 レコードを買い始めたのが18歳(高校3年生)のときからでした。初めて買ったのは、「愛の信条/Mon Credo」と「夜よさようなら/Adieu a la nuit」の2曲が入ったシングルレコード。

 高校を卒業し、仙崎を離れ山口県内の会社に勤めました。

 初めての給料をもらって以来、彼女のレコードを買いあさりました。よく通ったのが、山口県柳井市にある木阪楽器店。ここでは親切に対応してもらい、新譜LPは僕のために入れてもらっている状況でした。また、彼女の初来日コンサートの東京公演のチケットや2回目の来日コンサートのチケットの手配をしてもらったりと、なにかにつけ無理を聞いてもらい、大変感謝しています。

 このころ多くのレコードやラジオで彼女の歌を聴くことができたのに、僕のまわりにはミレイユ・マチューのことを知る人はほとんどいませんでした。自分でも周囲の人に聞かせていましたが、興味をもつ人はありませんでした。

 就職して4年後、会社が倒産し、仙崎に帰ってきました。しばらく長門市内の会社に勤めていましたが、現在は市役所勤務。

 仙崎に帰ってから彼女のLPやCDを手に入れるのは大変でした。店頭に置いてあるところはありません。発売日を知っても、予約できず発売後でなければ注文できませんでした。店員が彼女の名前を知らないところもあり注文するのも大変でした。でも、1店だけ彼女のことを知っていた店があり、それ以後はその店ばかり利用していました。でも店頭にはなく、注文で取り寄せするしか方法はありませんでした。

 そのうち、彼女のCDが発売されなくなり、今では大都市に出張や旅行の時に輸入盤を買うか、インターネットで海外のショップから買っている状況です。

 ホームページを作ったのは、国内で彼女の情報を得ることは難しく、当時インターネットでも日本向けのホームぺージがなく、何とか情報を得るきっかけが欲しかったから。

 平成8年3月開設した長門市役所のホームページを担当した一員だったことがきっかけで、ミレイユ・マチューのホームページを作ってみようと思いました。自分が持っている情報は少なく、僕が持っているCDやLPの紹介が中心になっていますが、このままでは彼女の情報を得ることはできないと思い、思いつくまま作ってしまいました。

 ホームぺージを作ってから、彼女の情報を欲しがっている国内のファンがたくさんいることもわかりましたし、自分よりも熱心なファンがまだたくさんいることも知ることができました。

 仕事やプライベートでは、山口日仏協会の役員、和太鼓チームに所属し、その他地元のいろんな活動に加わったりし、なかなか時間が取れないことや、フランス語も長い文章の読解は難しく、新鮮な情報を載せることができず申し訳なく思っております。


 2008年4月頃から体調を崩し入退院を繰り返し、更新もままならない状況が続いており、皆さんにはご心配をおかけしておりました。


 こんな僕のHPでも頼りにしてくれる人がいる間は、非力ではありますが、今後も続けていきたいと思います。