鯨回向

鯨回向 金子みすゞさんの「鯨法会」という詩があります。 金子みすゞの詩鯨法会

「金子みすゞ全集」(JULA出版局より)

みすゞさんの詩では「鯨法会」といいますが、 「浄土宗」は回向(えこう)といい、「浄土真宗」は法会(ほうえ)といいますから、浄土真宗のお寺で行われたという意見もありますが、 浄土宗も大きな回向を実施するときは「法会」という言葉を使用します。

通浦では、延宝7年(1679)向岸寺第5世譛誉上人は51歳で隠居し、 清月庵(観音堂)を営み、捕鯨鯨の菩提をともらう。それ以来、通鯨組に鯨の胎児を弔う必要性を13年の歳月をかけて訴える。 元禄5年(1692)清月庵に「鯨墓」を建立と同時に「鯨位牌」「鯨鯢過去帳」を作成し、清月庵で譛誉上人は鯨の回向を実施する。
当時の宗教界では人間以外絶対に回向できなかったのです。
享保19年(1734)讃誉上人(106歳)に入寂し、浦の行事として鯨回向おこなう。
当時、鯨組の人々は春の漁が終えた頃、5日間羽織袴でお参りしたといいます。
鯨回向は、現在でも向岸寺で毎年1回行われています。

平成14年(2002)下関でIWC(国際捕鯨委員会)が開催された際に、長門市で「第1回日本伝統捕鯨サミット」が開催され、 100名の方々が向岸寺に見学に来られました。
その後2回「鯨回向」に諸外国の方々も多数参列しました。